だむち~だって無知なんだもん~

底の浅い私、さくらだ が気になった主に漫画やアニメ、ゲームなどをぐだぐだと語っています。

今さら?今だから?Vtuberを学ぶ④-序:アーケードゲーム各ジャンルの歴史その4-

さくらだ


このところ、すっかりYoutubeのオススメ欄がVtuberばかりになってきている さくらだです。


タイトルにも「Vtuberを学ぶ」を銘打っているので、関連する動画を結構観ているのですが、一つ二つ観たら、「お前が次に探したい動画はコレだろ、ホレホレ」とばかりに、確かに気になる動画をチョイスをしてくるYoutubeに戦々恐々です。


うーん、時間が溶ける・・・


さて、長かった前置き&寄り道も今回でラスト、2005年に登場した2作品について深堀りしたいと思います。


1978年 スペースインベーダー
1980年 パックマン
1982年 ポールポジション
1988年 テトリス
1989年 アドベンチャークイズ カプコンワールド
1992年 ストリートファイター2
1997年 beatmania
2002年 WCCF(WORLD CLUB Champion Football)
    麻雀格闘倶楽部
→ここから
2005年 三国志大戦
    THE IDOLM@STER


11.アーケードゲーム各ジャンルの歴史を概観する(8)

2005年 三国志大戦

前述のWCCFの登場によってアーケードゲームはTCGのビジネスモデルを取り込むことに成功しました。
そして、選んだサッカーというジャンルは非常に優秀で、毎年活躍する選手が増えていくという要素に加え、初期はイタリアのプロリーグ、セリエAだけが対象でしたが、対象リーグを増やしていくことでいくらでも展開の幅を広げることが可能でした。


ですが、制作者がどう考えていたかはさておき、個人的には新たなゲームジャンルとして二つのポイントを織り込んだゲームが欲しい!という思いがありました。


一つは、ゲームならではの独自性です。
WCCFは確かにサッカーゲームとしてこれまでになかった新しい分野を開拓しました。でも、その根底にあるのは既にゲームとして確立されているサッカーであり、1ゲーマーとしてはアーケードゲームならではのファンタジーな作品の登場を期待せずにはおれませんでした。


もう一つは、対戦ゲームとしての魅力の強化。
もちろん、WCCFでもトーナメントでプレイヤー同士が対戦するというかたちがあったりしますが、プレイスキルというよりもカード資産やマネジメント能力といった蓄積経験の比重が大きかったように思います。
TCGである以上カード資産を無視することはできないものの、対戦ゲームとしては1プレイでの戦闘の勝ち負けにノウハウやプレイスキルが反映される、そういった遊び方があれば良いな、という思いがありました。


そして、「三国志大戦」はそのどちらも叶えたモンスターゲームでした。


「三国志大戦」は、中国の三国時代、つまり魏・呉・蜀が天下統一を目指す前後、西暦180~280年ぐらいまでを舞台にしたアーケードTCGです。


WCCFと同じく、アカウント用カードとプレイ用カードの二種類に分かれており、それぞれ「君主カード」「武将カード」と三国志の世界観に沿った名称で呼ばれています。


そして、ネットワーク接続を通じて、全国の君主プレイヤー同士が対戦して勝敗を決めるかたちになります。


ゲームの遊び方の詳細については、4gamerのインタビュー記事がわかりやすいです。


このゲームの画期的なところはいくつもありました。


・出陣できる武将カードはコスト制
WCCFはサッカーゲームですので11名のカードを使いましたが、「三国志大戦」では武将カードに対して能力に応じて1.0~3.0(0.5刻み)の「コスト」というパラメータを与えました。そして、ゲームでプレイできる武将カードの上限を8コストとしたのです。
 これによってプレイヤーは自分の戦い方に見合った3枚~8枚のカードを自由に使うことができました。そして、コスト制にすることで単純にカードのレアリティだけでは勝てない、逆にレアリティが低いカードだけでも勝ち筋があるというゲーム性を高めることに成功しました。


・シンプルかつ明快な「三すくみ」の仕組み
武将カードにはそれぞれ率いる部隊の兵種が決められていました。一部特殊な兵種もありましたが、その基本は「騎馬兵」「槍兵」「弓兵」の三種。
そして、この三つを三すくみの関係にしたのです。その説明も非常に合理的でした。


 「騎馬兵」は、「弓兵」へ高速で近付くことが出来るので有利な一方、「槍兵」に対しては槍で迎撃されるため不利


 「槍兵」は、「騎馬兵」を槍で迎撃できるので有利な一方、「弓兵」に対しては移動力が低いため遠方から攻撃を受けて不利


 「弓兵」は、「槍兵」に対しては遠方から攻撃が出来るので有利な一方、「騎馬兵」には
高速で近付かれてしまうので不利


という風に、兵種による有利不利を作りました。
さらに、魏に「騎馬」、蜀に「槍兵」、呉に「弓兵」の傾向を紐づけることによって(実際にはどの陣営にも各兵種はありますが)、よりプレイヤーに三国志の君主プレイに没入してもらう工夫も仕掛けました。


・絵師と声優による武将の魅力創出
WCCFと三国志大戦で大きく異なる部分の一つが、「実在する人間を使って画像、パラメータ化することができない」という部分です。しかも、三国志は史書よりもフィクションである羅貫中の「三国志演義」の方が一般的に知られており、このフィクションには史実には登場しない武将なども書かれています。


しかし、これはゲームの世界にとってはむしろ好都合でした。
もともと「遊び」というファンタジーを生み出すのがゲームの役割であって、また、世の三国志ファンもそのフィクション性も含めて世界観を愛している人がほとんどですので、最大公約数的に扱うことができました。


問題は、WCCFと違い武将の写真など存在しないという部分。
ところが、これもビジネスモデルとして、イラストレーターに自分が思う武将像を描いてもらい、そのイラストに声優が声を当てる、という形を生み出しました。むしろ、今までほとんど知られていなかった武将にもスポットが当たり「イケメン」になったり「萌えキャラ」になったりして人気を博することすら起こりました。


この様々な絵師によるイラストを使うという発想は、横山光輝さんの「横山三国志」、王欣太さんの「蒼天航路」とのコラボカードが生まれたり、その他の有名漫画家さんに書いてもらう、あるいは有名声優さんに声をあててもらうというムーブにもつながっていきました。


・「城を落とす」という勝利条件
対戦ゲームと聞くと、普通その勝利条件は「相手を倒す」と考えるでしょう。ところが、「三国志大戦」では、敵武将を撃破するだけでは勝利に直結しません。勝利をするためには敵陣の一番奥、城に一定時間張り付く「攻城」という攻撃が必要であり、武力の高い武将が攻城するほど与えるダメージが高くなるようになっています。


野球に例えれば、例えヒットを打ってランナーを出しても、ホームベースまで到達しなければ点数にならない、と考えると分かりやすいでしょうか。


つまり、このゲームでは、手段の一つとして武将を撃退しつつ、攻城を目的として相手を出し抜く戦術が求められるのです。


この構造によって、三国志大戦では様々な戦術が考案され、それに最適化された「〇〇デッキ」という一種の戦術対決ブームが起こりました。そしてその後のアーケードTCGでも、このシステムが大いに活用されることになりました。


・ブンドドと必殺技「計略」
みなさんは「ブンドド」という言葉をご存知でしょうか?
例えば、男の子が右手に戦闘機、左手に戦車のプラモデルを手にしたとします。
すると、当たり前のように戦闘機と戦車を戦わせます。
そして、こういう時は多くが戦闘機が戦車に近寄って攻撃を加えることになります。


つまり、「ブゥーン・・・・ドドドドドっ!!」
これが「ブンドド」です。
かつての小さな男の子の一人遊びと言えば、このブンドドが占める部分が多かったのですが、実は大きな男の子もブンドドは大好きだったりします。



A Quick History of Wargames


これは「Little Wars TV」というYoutubeのチャンネルの動画の一つですが、このチャンネルではミニチュアフィギュアを使ったウォーゲームを専門として配信しています。


リンクを貼った動画では、ミニチュアウォーゲームの簡単な歴史を紹介しています。


1913年、小説家H.G.ウェルズによる『リトルウォーズ』により、おもちゃの兵隊で遊ぶための簡単なルールを提供しました。


この「戦争ごっこ」にルールを与えたことで、遊びは「ウォーゲーム」というゲームジャンルになり、そしてそのゲームは大きな男の子、大人を夢中にさせることになりました。


翻って、「三国志大戦」もウォーゲームです。
出来ることなら武将を使って「ブンドド」させたい。


「三国志大戦」はそれを可能にしたのです


WCCFでは選手カードの置き場はサッカーフィールドを表していましたが、11名の選手全員を操作する訳にはいきませんので、戦術や特殊な動作(シュートやキーパーの飛び出しなど)に絞った指示を行うゲームスタイルでした。


三国志大戦のカード置き場は「戦場」そのものです。
そして、各武将カードはそれぞれ「行き先」にカードを再配置することで、リアルタイムに全武将のコントロールができるようになりました。


そして、これは相手も全武将を操作できるということです。
かつて、一人遊びだった「ブンドド」、


それが、対戦相手と全力で楽しめるのです


これが、面白くないはずがありません。


そして、その各武将は、ただ動かせるだけでなく
「計略」という必殺技を持っているのです


ブンドドと必殺技、この組み合わせが特に男性ゲーマーに刺さらない訳がなく、またこれまでシミュレーションゲームで楽しんでいた三国志ファンも取り込みました。



これらの様々な仕組みを取り入れた「三国志大戦」は、どのゲームセンターでも行列待ちを起こす大ヒットゲームになりました。


そして、もう一つ、プレイスキルと戦術戦・心理戦を加味した対戦は、プレイの参考としてあるいは単純にギャラリーとして観るのも面白く、ゲームセンターではトッププレイヤーの対戦である「頂上対決」をデモ画面で映し、また同時期に「ニコニコ動画」などの動画配信サービスが広まったことも受け全国大会をネット配信する、といった観て遊びたくなる仕掛けも満載でした。


12.アーケードゲーム各ジャンルの歴史を概観する(9)

2005年 THE IDOLM@STER

これまで紹介してきたゲームに比べると、アーケードゲームとしての稼働状況や売上としてはやや下がるかもしれませんが、その後のゲーム業界、のみならず様々なコンテンツに多大な影響を与えたと言って過言ではないのが、2005年に登場した「THE IDOLM@STER」(アイマス)です。


アイマスは、プレイヤーが弱小芸能プロダクションのプロデューサーとして所属し、9名(実際には1人だけ(結果的に)双子をプロデュースするため10名)のアイドルの卵から1名を選んでトップアイドルを目指す育成ゲームです。


トップアイドルを目指すために、「ビジュアル」「ボーカル」「ダンス」の三項目をレッスンによって向上させながら、「オーディション」というネットワーク対戦で、前述の三項目を効果的にアピールして勝ち上がり、勝った結果ライブ開催権を獲得することでファンを増やしていく、という流れになります。
オーディションを勝ったアイドルは、その後で約1分半のライブを美麗な3DCGでまるで本当にステージに上がったかのように堪能することが出来るのです。


参考までに、アイマスの制作秘話のインタビュー記事を読んでいただくと当時の雰囲気が分かるかと思います。



このゲーム、主人公はアイドルであり、プレイヤーはそれを裏で支えるプロデューサー、というシチュエーションも異彩を放っていましたが、何より、ゲームセンターという公の場でアイドル育成シミュレーションをプレイする、というシチュエーションが衝撃的でした。


ちなみに、実際のアイドル業界を見てみると、当時は「モーニング娘。」擁するハロープロジェクトの全盛期、AKB48の台頭は2005年ですのでその前に開発、稼働したことになります。


そして、アーケード版アイマスは、インタビューにも有る通り、開発者側の不安をよそに一定のヒットを遂げ、そしてコンシューマー版、XBOXへと展開されます。


ここで、ゲームセンターではちょっと恥ずかしくてプレイできなかった潜在ファン層、ライト層を巻き込んでヒットを果たします。


ですが、この作品の本当のインパクトは、ゲーム製品としての売上よりも、キャラクターコンテンツとして爆発的な人気を挙げたことにあります。


XBOX版アイマスは、オフラインでもプレイできること(やり直しが可能)、本編発売後、様々な衣装などのオプションがダウンロードコンテンツ(DLC)で発売されたこと、そして何より、「ニコニコ動画」黎明期でクリエイティブな動画制作者が百花繚乱の賑いを見せた中、「自分ならではのアイマスMVをプロデュース」したいというP(プロデューサー)から、多数の名作が生まれることになりました。


その中でも、おそらく最初に大人気になった動画は、「溶かしつくして」が「とかちつくちて」に聞こえてしまう可愛さにフィーチャーした双海亜美版「エージェント夜を往く」でしょう。



THE IDOLM@STER アイドルマスター とかちラーメン大盛り ~望みの限りに~


これらの自作PV(MAD動画)を通じて、作成するPとそれを鑑賞する(応援する)ファンという構図を形成していくことになりました。


こうして、ゲームとしてだけでなく、キャラクターコンテンツとしても大成功したアイマスですが、XBOX版が発売される前年、2006年には担当する声優さんを集めて実際のライブを開催するというマルチメディア展開を行いこれも大成功、この声優さんによるライブは2024年現在でも続いている鉄板コンテンツとして確立されました。


ちなみに、動画配信において2007年という年は、もう一つ大きな事件がありました。
それが、ボーカロイド「初音ミク」の登場です。


実は、ボーカロイド自体は初音ミク以前にも存在していました。
2004年に初音ミクを発売した同じ会社から「MEIKO」というソフトが発売されました。ですが、ニコニコ動画の登場が2006年、つまりアウトプットするプラットフォームがない環境での登場だったためか認知度は高くなく、少し時代を先取りしすぎたのかも知れません。
(結果、初音ミクのヒット後にMEIKOが見直され、彼女を使った作品も多数動画配信されました)


アイマスのMAD動画がキャラクターコンテンツの可能性を提示したなか、「ボーカロイド初音ミクではどんな音楽、歌が制作されるのだろう?」とニコニコ動画視聴者は興味津々で作品の登場を待っていました。


そして、その最初期に登場したのが
「ハジメテノオト」でした。



初音ミク「ハジメテノオト(FULLバージョン)」


この作品で初音ミクは(もちろん作ったのはPですが)
自分が初めて歌を歌うことが出来た不安と恥じらいを曲にしたのです


この瞬間、音声合成ソフトウェアがキャラクターコンテンツになった、と言っても過言ではないかと思います。(ちょっと過言かも)


そして、音楽(動画)制作者はプロデューサー「”◯◯”P」となり、初音ミクは「歌わせる」のではなく「歌ってもらう」というペルソナを持った存在であることが共有認識となっていきました。その関係性には、間違いなくアイマスという前例があったことが大きかったのだと思います。


13.そして、Vtuberのお話が始まる

さてさて、ようやく「アーケードゲームにおけるジャンルを生み出した作品」について一通り深堀りをすることができました。


アーケードゲームは登場して約70年、おそらく多くの人にとっては(私もそうです)、その全てをリアルタイムに体感することは不可能です。


それに対してVtuberはごく最近に生まれた存在です。
実際、Vtuberの登場は2016年12月キズナアイさんが初配信を行ったのが最初とされています。
つまり、登場からまだ7年と少ししか経過していないことになります。ほとんどの人にとっては、「登場の最初から知っている可能性がある」といえるでしょう。


ですが、ここで二つの問題点があります。


一つは、なぜ2016年12月が最初だと言い切れるのでしょうか?
VtuberをWikipediaで確認してみると、それが明記されています。



バーチャルYouTuberは、2DCGや3DCGで描画されたキャラクター(アバター)、もしくはそれらを用いて主にインターネットなどのメディアで活動する動画投稿・生放送を行う配信者の総称を指す語。略語として「VTuber」「Vチューバー」が使われる。

2016年12月に活動を開始したキズナアイがYouTuber活動を行う際に自身を称した事に始まる語であり、元々はキズナアイ自身を指す語だった。


つまり、キズナアイさんが初配信で自己紹介した瞬間にVtuberも正式に誕生した、という考え方になります。言い換えれば、キズナアイさんを基準としてVtuberが定義された、とも読み取れます。


となると、その基準、定義はどうなっているのでしょうか?
キズナアイさん以前にはこの定義を満たす存在はいなかったのでしょうか。
いや、自分で書いてセルフツッコミになってしまいますが、この部分はひとまず置いてしまって良いでしょう。


ここで、二つ目の問題点となります。
2016年当時とは関係なく、今現在の時点で、
Vtuberはどういった存在のことだと捉えればよいでしょうか?


実は、これを哲学的知見を使って定義を試みた非常に興味深い書籍が発売されています。


それが山野弘樹さんの著作「Vtuberの哲学」です。

VTuberの哲学
VTuberの哲学
春秋社
本

この書籍で、山野さんはVtuberという存在を、現時点では総括して定義することはできないながら、まずは未確定ながらも賛否含めて議論ができるための基準の一つを用意しています。


次回からは、全部の理解は及ばないですがこの書籍の知見をお借りしつつ、いよいよVtuberについて深堀りをしていきたいと思います。


・・・ふぅ、なんとか最低限書いておきたいところまでたどり着きました(笑)


(つづく)

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