ゲームブックの煌めき、再び?③
いつもメインテーマからついつい脇道へそれてしまう さくらだです。
でも、こういう風に、風呂敷を広げながら新しい発見をするのって楽しいんですよね。
そんな寄り道をしばらく続けていきますので、もとになる表を今回も貼っておきます。
でも、一応、ゲームブック回です(笑)
5.完全に後発?ファミコン業界でのファンタジーワールド
次に注目しておきたいのはファミコンゲーム。
やっぱり、ファンタジーといえば、RPG。
RPGで、ファミコンの「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」を抜きにして語る、という方が無理があります。
- ドラゴンクエスト|オンラインコード版
- スクウェア・エニックス
- Digital Video Games
- ファイナルファンタジー
- スクウェア
- ビデオゲーム
ただ。
表を見てお分かりの通り、ファミコンの発売が1983年。
日本で「火吹山の魔法使い」が販売された1984年には、まだファミコンソフトのラインナップを増やしていくことに力を入れている最中で、RPGといったジャンルを取り込むまで至っていなかった時期でした。
ちなみに、ドラゴンクエストは1986年、ファイナルファンタジーが1987年の発売ですから、こうして他の媒体と並べてみると、PCやTRPGで日本に知られるようになったRPGというジャンルをより普及度の高いファミコンへ展開する、というのは自然な流れだったのかもしれません。
むしろ、当時のファミコンの性能でよくぞ完成させた、というところが驚きです。
ということで。
ファミコンのRPGを語ると、それこそキリのない話になってしまいますが、少なくともゲームブック誕生、という視点では大きな影響を与えていない、と思います。
面白いのは、この時代、ファミコンソフトで発売、人気が出たRPG作品が後でゲームブック化されるという現象が出たことでしょう。
しかも結構ヒットしています。
たとえば、ドラゴンクエストは「ゲームブックドラゴンクエスト」というシリーズでドラゴンクエストⅥまでゲームブック化されています。ちなみに、最初に出たものがⅢだったことを見ると、やはりドラクエのブランドを確立してからゲームブックへ着実に展開した、という状況が感じ取れます。
「ドルアーガの塔」は、ゲームブック側から見ても、鈴木直人さんの代表作の一つでもあり外せない作品です。
- 悪魔に魅せられし者 ドルアーガの塔 (幻想迷宮ゲームブック)
- 幻想迷宮書店
- Digital Ebook Purchas
- 魔宮の勇者たち ドルアーガの塔 (幻想迷宮ゲームブック)
- 幻想迷宮書店
- Digital Ebook Purchas
- 魔界の滅亡 ドルアーガの塔 (幻想迷宮ゲームブック)
- 幻想迷宮書店
- Digital Ebook Purchas
1988年に発売されたのですが、ゲームブックのブームが下火になった後も、この作品は2006年以降に再販され、さらに2016年に電子書籍化された、という当時のファンの根強い支持を根底とした、不朽の名作だといえます。
6.様々なサブカルチャー専門誌が乱立し始めた混沌の雑誌業界?
1984年前後という時代は、雑誌界でも、ビッグバン的に(大げさ?)サブカルチャーを中心として専門誌が増えた時期に見えます。
ただ、「オタク」関連の雑誌では、すでに1977年に「月刊OUT」、そして1980年に「月刊ファンロード」という二つの伝説的な雑誌が生まれていました。
これらの雑誌の特徴として、情報発信だけではなく、読者との間に強固なコミュニティーを形成している、という点が挙げられます。
なんて、堅く書くとちょっと学術的ですが、
なんてことはなく
読者参加型のコーナーでワイワイと一緒に楽しめた、と。
ただ、これが全然バカにできない大事なことで、ここをきっかけにサブカルチャーを職業にまでつなげた方が多くいたり、そうでなくても、雑誌がとうの昔に終わった今でも、名前が記憶として残り続けている理由の一つだと思います。
OUTについては、当時の雑誌の構成を再現して「宇宙戦艦ヤマト2202」の特集をする、という書籍が販売されていますので、こちらで空気が感じ取れるかもしれません。
Amazonを見てみると、なんとファンロードも2014年に電子版で一度復活したようなのですが、残念ながらVol.1のみの取り扱いでした。
- ファンロード電子版 Vol.1 (銀英社)
- 暁星プランニング
- Digital Ebook Purchas
さて、このOUTやファンロード、もしかすると、ゲームブック界隈とあながち無関係ではなかったのかも、と思わせるほど取り扱うサブカルチャーの守備範囲は広かったのです。
もしや、
ここもターゲットに入るのか?!
ただ、今回はここはもし仮にあったとしても、ゲームブック誕生に対しては影響が小さかったかな、と思います。
それは、当時、「ゲーム」という分野が、まだまだマンガ・アニメとと比べてもマイナーな領域で、オタク総合誌的雑誌の中でコミュニティーを形成する段階にまでいたっていないのではないかな、と漠然と想像したからです。(何せ、ファミコンも登場していない時代ですから!)
そうなると、では、当時にはゲーム専門誌はなかったのか?
あります!
それが「月刊タクテクス」です。
7.アナログゲーム専門誌のパイオニア、タクテクス
月刊タクテクスは、ホビージャパン社から1981年に刊行されたアナログゲーム専門誌です。といっても、今の言葉でジャンル分けすれば「アナログゲーム」という言葉がしっくりときますが、刊行当時にはそういった分け方自体があいまいな状態でした。
実際、当時のタクテクスには、「シミュレーションゲームマガジン」と銘打たれて、これはこれで、「ん?シミュレーションゲームって、PCとかファミコンとかでやるんじゃないの?」という疑問も挙がってくるかと思います。
シミュレーション=模擬
ですので、この辺はデータ処理が得意なPC、コンシューマゲームが大得意なところですし。それが、アナログゲーム??
このあたりも、掘り下げると、ものすごく面白い話になりそうでワクワクしちゃうのですが、今回はゲームブック回、ということで少しだけ触れるにとどめたいと思います。
ちなみに、Amazonで参考画像が拾えないかな、と思って調べたら、ギリギリ季刊の中古販売が掲載されていますので、ご参考までリンク先を載せておきます。
ここでも、しっかりと「シミュレーションゲーム・マガジン」と書いてありました。
さて、このタクテクス。
もともとの成り立ちが、ウォー・シミュレーションゲームを取り扱うことからスタートしています。
ウォー・シミュレーション、つまり戦争を模したゲーム、これを専門誌にしてしまおうという極めてニッチな雑誌でした。
ただ、これらは、当時まったく見向きもされていないジャンルだった訳ではなく、その前身として、「高度なごっこ遊び」としての「ミニチュアゲーム」が小さな人気になっていた背景があります。
ミニチュア、つまり、戦争ゲームでいえば、ジオラマといった箱庭を作ったうえに、小型の戦車や兵士を並べて、それを動かして遊ぶ、ということですが、これは特に男性にはワクワクを感じないわけにはいかない遊びだったのです。
本来の「シミュレーション」からは外れてしまいますが、ガンダムでいえば、昔の「プラモ狂四郎」や、最近でいえば「ガンダムビルドファイターズ」などは、このミニチュアゲームのワクワク感と電子世界をうまく融合させた夢のフィールドを実現させた作品だと思います。
- ガンダムビルドファイターズ 1 (角川スニーカー文庫)
- KADOKAWA
- Digital Ebook Purchas
また、寄り道をしてしまいました・・・
さて、こういった時代背景を経て登場したタクテクスですが、この雑誌の役割は個人的には3つの側面があったのだと思います。
1.シミュレーションゲーム情報の提供
これは、当たり前と言えば、当たり前ですが、雑誌化の第一の目的は情報提供です。
ただ、「なーんだ」と簡単に思う訳にはいかない点として、当時、ゲームしかもシミュレーションゲームの情報を得る手段は相当に限られていたことがあります。買う方はもちろん、売る方にとっても情報を受け渡しする手段があまりなかったのです。
だからこそ、この時代、専門誌の存在というは非常に強力な情報発信手段であり、かなりマニアックなものでも受け入れられたのだと思います。
「雑誌がそんなに重要な手段になるの?」という疑問も沸くと思います。この部分は、当時の情報を得る手段、という別の視点で見ていくとわかりやすいですし、これはこれでとっても面白いので、後でそちらに注目して見ていければと思っています。
2.ゲーム「ルール」の標準化と浸透
シミュレーションゲームの前身となるミニチュアゲームは「高度なごっこ遊び」、と先ほど書きました。
このごっこ遊び、身内だけで遊んでいるうちは遊んでいるメンバーで「楽しめるように」適当に決めごとを作ればよいのですが、この輪が広まって、一般的なゲームとなると、そうはいかなくなります。
ゲームとするからには、「勝利条件」を決める必要がありますし、そうなると、勝利を目指すための公平性として、事前に「すべてのルール」を全員が知っておく必要があります。
ところが、シミュレーションゲームという新しいジャンル、そのくせ既存の考え方を当てはめるのが難しいこのゲームでは、草の根的に浸透させていくことは難しい・・・
ということで、タクテクスがその難しい役割を引き受けたのです。
その役割の一つとして、シミュレーションゲーム用語を定着させる、というのもあったと思います。例えば、シミュレーションゲームのお約束として、ボード上のマス目はその形状から「へクス」(または「ヘックス」)と呼び、これはルールブックでも使われていますが、この言葉がファンの間でも一般的に使っても通用するか、というのは何気に不安で、パブリックな舞台でも使われている、という安心感をどこかで得たい気持ちが出てきます。
こういったことを「なんとなーく」分かる場がタクテクスという雑誌なんじゃないか、と。
さらに例をつづけると、遊ぶ際にこのへクスの上にコマを置いていくのですが、このコマを「ユニット」、さらにコマを積み重ねることを「スタック」と呼んだりします。
さあ、これは普通に使ってもよい用語??
さらにさらに。
シミュレーションゲームでは、ユニットに隣接するマスには統制権があって、敵の駒はそのコマを通過できず止まらないといけない、というルールがあり、これをZOC(Zone of Control)と言ったりしますが、ここまでくると、いよいよ、
これって、普通に使っても通じる言葉?!
、となります。
こういうファンごとに違いのある(かもしれない)用語をはじめとした共通のプラットフォームを用意してあげるのが、当時の専門誌の役割の一つだったのです。
と、それっぽく勝手に想像しました!(笑)
3.プレイヤー人口の拡充
そして、もう一つの目的、それは「OUT」や「ファンロード」でも触れた、コミュニティーの確立にあると思います。
マイナーなジャンルは、そもそも好きな人同士が交流する場がない、交流の場がないから新しい情報や楽しみ方が広がらない、だから同好の士が増えない、という悪循環を抱えています。
タクテクスには、その隙間を埋める役割が確実にあったかと思います。
実際、タクテクスでは、雑誌が主催する読者参加型のゲーム大会の開催企画はもちろんのこと、投稿型のゲーム大会の紹介、近所の同好の士募集、あるいはゲームの譲る、求むのコーナーもしっかりと設けられていたようです。
さて、ここから、無理やり、そして雑にゲームブックの話に引き戻したいと思います。
この、タクテクス、ゲームブック誕生に影響を与えていたか?
うーん、そう考えるのは難しいかな、と。
どうしてかと言えば、一見、シミュレーションゲーム専門誌とゲームブックは相性が良いように思えるのですが、ゲームの持つ「多人数によるごっこ遊び」という原点と、ゲームブックの特性である「一人で楽しむ」という世界観の相性があまりよくない気がします。
実際、タクテクスは、ウォー・シミュレーションゲームを起点として始まりましたが、その後、TRPGがユーザー層と非常に相性が良い(高度なごっこ遊び、多人数によるプレイ)ことを見越して、たびたび特集を組んだり、連載を掲載したりしています。
(TRPG人気を後押ししてRPGマガジンを生み出した貢献の裏で、シミュレーションゲームが下火になっていったのはちょっと皮肉な話です・・・)
この反面、一人遊びであるゲームブックを積極的に売り出す土壌は、タクテクスにはなかったのではないか、と予想しています。
- RPG MAGAZINE (ロールプレイングゲーム・マガジン) 1994年5月号 No.49
- 株式会社ホビージャパン
- 本
ちなみに、ゲームブック誕生後には、タクテクスでもゲームブック紹介やコラムを持っていましたので、このあたりの懐の深さが「アナログゲーム専門誌」と振り返られる所以なのかもしれません。
・・・すみませんっ、
寄り道のし過ぎで、「ログイン」と「コンプティーク」の話が収まり切れませんでしたっ
この二つについても、少し掘り下げてみたいと思いますので、雑誌についての語り、もう少し続きます。
これ、「ゲームブック」とは名ばかりの、タイトル詐欺の内容ですよね
(つづく)