『鬼滅の刃』は面白がった人の勝ち⑩
17.アニメ版製作者のこだわりに見る 本当の「分かりやすさ」
前回は、アニメ版『鬼滅の刃』の面白さの代表として、第19話「ヒノカミ」を紹介してみました。
誰もがおススメする回だと思います。
ただ、この那田蜘蛛山編、原作でも相当力を入れている戦闘でもあります。
ですので、
力が入っていて当たり前でもあるんです。
今回は、
アニメ版でならではの本気を出した「分かりやすさ」を見ていきたいと思います。
例えば、8回目で紹介しました、第7話「鬼舞辻無慘」の浅草の夜景。
その際に、アニメでの浅草の夜景の描写は「わずか10秒程度」と書きましたが、原作の描写はこちらです。
わずか1コマ
コミックであれば1コマで場面転換できるシーンでも、
つながりが命であるアニメでは、10秒以上かけないと「分かりやすい」描写にはならないのです。
18.「vs沼鬼戦」で見せた執念の描写
そのアニメーションの「分かりやすさ」を追求した、最も典型的なものの一つが、第6話「鬼を連れた剣士」でのシーンでしょう。
鬼殺隊の一員となった炭治郎の最初の任務ですが、毎夜少女が失踪しているという北西の町に向かった際、まさに恋人を攫われた和巳という青年に出会うところからの描写です。
和巳は、「信じられないと思うが目の前で恋人が消えた」と言い、それに対して炭治郎は即座に「信じます!」と即答し、鬼の臭いを探り始めます。
そんな炭治郎を見ながら、和巳は、恋人の失踪を両親に報告をした時に、父親に掴みかかられた時のことを思い出して落ち込んでいる、そんな場面です。
さて、ここから、原作とアニメでどのように表現が変わるのか、左右に並べて比べてみたいと思います。
日中の町並み、人通りはまばらです。
炭治郎は、大通りから一本入った裏路地で鬼の臭いを探ります。
ここは原作にはないシーンです。
さらに、炭治郎は大通りにも鬼の臭いを求めて、人目もはばからず地面に顔を伏せます。
先ほどと違い町民が注目している描写が特徴的です。
ここも原作には存在しません。
探索は、夕方になっても夜になっても続きます。
炭治郎の後ろをついていた和巳も、思わず「まだ続けるのか?」と聞きます。
アニメーションでは、この夕方から夜の描写を続けることで、時間経過と炭治郎がわき目も振らず鬼の捜索をしていることを強調しています。
そして、
原作では、このシーンですら存在していません。
ここで、ようやく原作のカットが登場します。
原作では、時間経過の枠切りと「屋敷の上空に満月」というワンカットだけで、場面が夜のとある屋敷に切り替わったと表現しています。
この後、この屋敷の中で女性が沼鬼に攫われるのですが、原作では攫われるシーンまで最短距離で描写されるのに対して、アニメ版では母親に就寝の挨拶を告げるという、つながりを重視してカットを重ねていきます。
暗くて少し分かりづらいですが、アニメ版では、女性が寝室へ向かうため廊下を歩いている、その後ろの床に黒いシミが追いかけている、というホラー要素の強い描写を行っています。
寝室に入る女性。
その彼女は、21で羽織を脱ぐと衣紋掛けに吊るします。
22では、足首の動作の上下で羽織を吊るし終わったこと描写し、そのまま彼女が寝床へと移動するため立ち去ります。そして、23で、その同じ場所に廊下からついてきた黒いシミが浮き上がってきます。
芸が細かい!
和服でしたら、しわにならないように衣紋掛けを使うのは自然の所作、ただ、それを途中から足首だけで表現し、さらに「立ち去った直後に現れる黒いシミ」というホラー要素を絡めて描写しているのが只者ではないです。
この居間を辞して寝室まで移動する、この流れは原作にはありません。
それをさも元からあったかのように描写するのがたまりません。
女性の就寝シーンで、ようやく原作2コマ目が登場します。
つまり、ここは、もともとは寝床についているところから始まっているシーンなのです。
テンポの原作vs分かりやすさのアニメ
非常にポリシーがはっきりとしています。
アニメでは、女性を攫う描写をさらに分かりやすくするため、27のシーンで、地中(?)から布団めがけて浮上する沼鬼視点の描写を足しています。
そして、この画面のキモとなる、布団の下から腕が伸びるシーン。
ここは原作、アニメともにほぼ同じ描写をしています。
そして、とうとう、女性は沼鬼につかまってしまいます。
注目は32のカット。
いったん女性視点に切り替わり、その視点が大きく左右することで、彼女が今まさに襲われた、という緊迫感のある描写をしています。
アニメ版は、沼鬼に襲われる恐怖を存分に見せていることが分かります。
最後に、黒いシミの中に取り込まれる場面。
36でも、アニメ版では引きずり込まれる女性からの視点を織り交ぜて、視聴者に恐怖と息苦しさを伝えてきます。
そして、その気配に炭治郎が気づいて・・・とつながっていきます。
いかがでしょうか?
原作のテンポの早さ、それに対するアニメ版の物語のつながり、分かりやすさを重視した丁寧な描写の違いが見て取れたかと思います。
原作では、炭治郎が北西の町に到着してから沼鬼を見つけるまでの間に、絶対に必要なフラグをまるでオリンピック選手のように最短距離でクリアしていきます。
フラグはこんな感じでしょう。
1.鬼の情報を持っている人を探す
2.その人から鬼を見つけるヒントを得る。
3.夜になって次の女性が攫われるのを待つ。
4.攫われた場所へ向かい、鬼を見つける。
原作では、この4つのフラグを9ページでクリアします。
このうち、今回アニメ版と比較した3のフラグだけは、どうしても探索シーンが冗長となってしまいます。何せ、日中に和巳と出会っても、鬼発生は夜になってしまうのですから半日が経過することになります。
そこで、
テンポを重視する原作では、探索シーンそのものをばっさり切ったのです。
そして、アニメ版では「分かりやすく」するためにこの部分を復活させています。
ただ、沼鬼のホラー的な描写は、
アニメーターの趣味と意地の賜物のような気もします。
さて、アニメ版はもう一回だけ、妄想多めで語ってみようと思います。
(つづく)
※本記事で掲載されている画像は「吾峠呼世晴『鬼滅の刃』/集英社・アニプレックス・ufotable」より引用しています。